大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)1635号 決定

本籍

福岡県北九州市小倉南区大字辻三四九四番地

住居

大阪府門真市新橋町二七の一一

医師

生井克美

昭和四年八月二九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四九年六月二六日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人網田覚一、同廣川浩二連名の上告趣意のうち、憲法三七条二項違反をいう点は、記録によれば、被告人の出頭しない原審第三回公判期日には、被告人は、適法な召喚を受けており、従つて、同公判期日に出頭し所論証人の尋問に立ち会い、また、取り調べられた所論証拠物の内容を了知する機会が与えられていることは明らかであるから、その前提を欠き、その余は、憲法三〇条、三一条違反をいう点もあるが、実質はすべて、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ職権で調査すると、記録によれば、原審第四回公判期日に、弁護人が出頭し、被告人不出頭のまま判決の宣告がされているが、右期日は、被告人の出頭しない第三回公判期日に、公判廷で指定告知されたことが認められる。従つて、この場合被告人に対しては、あらためて次回第四回公判期日の召喚手続又は通知をすべきであつたのに、記録上これがされた形跡はみあたらない。そうすると、原審の訴訟手続は、この点に違法があるといわなければならない。

しかし、控訴審において、判決宣告期日に被告人を召喚し、又は期日の通知を必要とするのは、出頭を欲する被告人に出頭の機会を与え、被告人が判決のあつた事実を知り、上訴する機会を失わせないためである(昭和四四年(し)第二二号同年一〇月一日大法廷決定、刑集二三巻一〇号一一六一頁参照)。してみると、前記判決宣告期日に弁護人が出頭し、かつ、被告人は、原判決に対し上訴期間内に適法に上告の申立をしていることが記録により明らかであるから、原審の右訴訟手続の違法は、判決に影響を及ぼすものとはいえない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

○昭和四九年(あ)第一六三五号

被告人 生井克美

弁護人網田覚一、同廣川浩二の上告趣意(昭和四九年八月一九日付)

第一点 原判決は事実を誤認し、所得税法第一二条の解釈適用を誤り憲法第三〇条に違反して被告人生井克美に納税義務を認めた違法がある。原判決は破棄せられるべきである。

第二点 原判決は刑事訴訟手続の遵守を怠り憲法第三一条に違反して判決を宣告した違法がある。原判決は破棄せらるべきである。

第三点 原判決は所得税法第二四四条第一項「人」の解釈適用を誤り憲法第三一条に違反して判決した違法がある。原判決を破棄して無罪の判決をせらるべきである。

第四点 原判決は減軽情状の判断を誤り科刑したもので、刑の量定が甚しく不当である。原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。刑事訴訟法第四一一条第二号を適用して原判決を破棄されたい。

理由

第一点 原判決は事実を誤認し、所得税法第一二条の解釈適用を誤り憲法第三〇条に違反して被告人生井克美に納税義務を認めた違法がある。

一、本件生井世光病院の経営者はその開設名義が被告人生井克美であるため形式上被告人生井克美であるが如き外観を呈しているが、その実質上の経営は父、生井水速である。一件記録によれば、

(1) 被告人の父生井水速は昭和三六年生井世光診療所を開設し、昭和四〇年二月診療所廃止のうえ生井世光病院を開設したが被告人生井克美は医療法第一〇条に基き右病院の管理者となり、

(2) 右診療所の開設は父生井水速が土地建物を買収し、昭和四〇年右診療所を病院に改組するに当つては右診療所の土地建物の補償金約二五〇〇万円診療所の営業補償金七〇〇万円、更に水速が自分の預金約三〇〇〇万円を支出して本件土地を買収し病院を建設し医療機器を購入し、

(3) 父水速において会計その他事務の一切を担当し、

(4) 毎月水速の才量により被告人克美には相当額の給料が渡され、

(5) 被告人克美は病院の管理者たる院長にすぎず、事務一切は父生井水速が右病院は自分のものであるとの立場から行なつていたこと、

が認められ、被告人の父水速が本件世光病院の実質上の経営者であることが明らかである。経営者とは施設及び資金の提供者をさすのである。(医療法第四一条参照)

しかるに原判決は(1)被告人生井克美が名義上の開設者であり (2)病院管理者で診療、医師の確保、薬品機器の購入等の面を担当し (3)被告人を父において生井家の相続人と考えていたこと (4)所得税の申告が終始被告人を世帯主としていたこと (5)病院の収入が被告人を中心としてあげる診療報酬関係であり右収入に比して資金の割合はそんなに大きなものでない等の形式的理由を強調し被告人を実質上の経営者と説明しているのである。

所得税法第一二条は実質所得者課税の原則を定め「資産または事業から生ずる収益の法律上帰属すると見られる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合にはその収益はこれを享受する者に帰属するものとしてこの法律の規定を適用する」としているのである。従つて被告人生井克美は同条にいわゆる名義人にすぎないのである。従つて原判決が実質所得者たる父生井水速を納税義務者と認めることを拒否し、単に名義人にすぎない被告人すなわち形式的所得たる被告人を本件事業所得の逋脱者と認めたことは憲法第三〇条租税法律主義に反し、所得税法の定めるところによらずして被告人克美に納税義務を認めたものである。原判決は破棄せらるべきである。

第二点 原判決は刑事訴訟手続の遵守を怠り憲法第三一条に違反して判決を宣告した違法がある。原判決は破棄せらるべきである。

(1) 控訴審で事実の取調の一方法として証人の尋問をし、これを裁判の資料とするような場合には憲法第三七条第二項刑事訴訟法第一五七条の刑事被告人の権利保護のため特に被告人をこれに立合わせその証人を尋問する機会を与えられなければならない。(昭和二七年二月六日最高裁判所大法廷判決、同判例集六巻二号一三六頁)

これを本件についてみるに被告人生井克美は第二回公判後病気のため入院し、第三回公判において同被告人の妻を証人として取調べ、更に同女の日記を証拠物として同女に示し審理を終結したのであるが、当日右被告人は入院中のため弁護人において診断書を提出し、出頭不能の旨申出たのである。原審は被告人不出頭のまま審理したが、その後右証拠物及び証言についてその内容を被告人に了知せしめる方法を取らなかつたことが明らかである。

右は憲法第三七条第二項に反する。

(2) 被告人生井克美は控訴審第三回公判において不出頭のまま審理を受け原審は当日審理を終結し、次回昭和四九年六月二六日午前一〇時判決を宣告する旨告げたのであるが、その後同被告人に対して公判期日の召喚状を送達することなく被告人不出頭のまま判決を宣告したのである。刑事訴訟法第二七三条第二項第四〇四条によれば控訴審は被告人に対し召喚状を送達しなければならないと規定されている。これは裁判の公正を確保するために絶対に必要な規定である。

(昭和四四年一〇月一日最高裁大法廷決定刑集二三巻一〇号一一六一頁参照)

以上のとおり原審は刑事訴訟手続の遵守を怠り憲法第三七条第二頁、第三一条に違反して判決の宣告をしているから破棄せらるべきである。

第三点 原判決は所得税法第二四四条第一項「人」の解釈適用を誤り、被告人生井克美を罰金刑に処したのは憲法第三一条に違反する。

所得税法第一二条によれば資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属すると見られる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益はこれを享受する者に帰属するものとして、この法律を適用すると規定する。しかして原判決説示のとおりに被告人生井克美は本件生井世光病院の名義人にすぎないことが明らかである。従つて被告人は所得税法第二四四条第一項の「人」に該当しない。しかるに原審が被告人生井克美を実質所得者と認めて罰金刑に処したのはいわゆる罪刑法定主義に反する。従つて原判決は憲法第三一条に違反して被告人を有罪とした違法がある。原判決を破棄して無罪の判決をせらるべきである。

第四点 原判決は減軽情状の判断を誤り科刑したため刑の量定が甚しく不当である。原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。刑事訴訟法第四一一条第二号を適用して原判決を破棄されたい。

(1) 原判決は「脱税防止につき必要な注意を尽さなかつたのも父に委せたためである」と説示しているが元来医師が病院を経営することは容易なわざでなく、医療専念の義務に反する危険があるのでやむを得ざる場合に限つて自ら経営するのが常識であり医療法の精神である。従つて本件は父において実質上経営者として活動し顧問の税理士も置いていたことであるから被告人が脱税防止につき注意を尽さなかつたと責めらるべき理由はなく、むしろ父においてその責任を問わるべきであつたのである。

しかるに原判決が被告人の父に罰金刑の併科がないから被告人を重罰にするというのは刑事責任の根本に反し違法なこというまでもない。

(2) 重加算税は申告納税の実をあげるために本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つた者に対し制才的意義を有することは否定し得ない。従つて重加算税の納付が重大な減軽情状たること明らかであるに拘らず原判決は「本税のみならず多額の加算税も納入ずみであり……の点を考慮しても」とのべながらも重加税三七五三万余の納入にいささかの減軽情状としての価値も置いていないことが推測せられ著しく不当である。

(3) 更に原判決は被告人は「現在病院を廃止して診療所にもどしているばかりでなく、被告人が病気で入院中であること」を考慮した旨説示しているが、被告人は本件控訴審係属中病気で入院と同時に診療所も事実上廃止し、入院加療中なのでいささかの収入もないのが現状であり、このことは原審第三回、被告人の妻の証人尋問で明らかである。しかるに原審はかかる明らかな事実を誤認又は無視し、且つ量刑しているのである。

以上原判決の説示を検討すれば本件量刑は減軽情状の判断を誤り甚しく不当な罰金刑を科したことは自明である。

原判決は破棄しなければ著しく正義に反する。

原判決を破棄されたい。

以上

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